通信技術の会社が、なぜ農業へ?
ルートレック・ネットワークスは、2005年、代表取締役社長の佐々木伸一氏によって設立されました。
創業当初は、農業とはまったく無縁の会社でした。インターネット経由で機器と機器をつなぐM2M技術(現在のIoT技術)を専門とし、燃料電池やヘルスケアシステムなどを手がける通信技術メーカーだったのです。
転機が訪れたのは2009年のこと。リーマンショックの影響で多くの新規事業がストップする中、佐々木氏は新たな活路を模索していました。そこで出会ったのが「農業」という分野です。総務省の委託事業「ICTを利活用した食の安心安全構築事業」をきっかけに農業の現場を知り、栃木県や岡山県の農家を回って課題を徹底的にヒアリング。2011年からは明治大学黒川農場との共同研究を開始し、IoT×農業の本格的な開発がスタートしました。
そして2013年、AI潅水施肥システム「ゼロアグリ」の提供を開始。以来10年以上にわたり改良を重ね、累計導入実績は全国46都道府県・470台以上にまで拡大しています。
2023年7月には農業機械大手の株式会社クボタの連結子会社となり、スマート農業のさらなる普及・拡大に向けた体制を強化。「食と農の課題を解決し、子どもたちを幸せにする」というビジョンのもと、日本発のデジタルファーミング技術でアジアモンスーン地域への展開も視野に入れています。
ゼロアグリとは?―「勘と経験」をデータで支えるAI潅水施肥システム
従来の農業が抱えていた課題
ビニールハウス栽培では、水やり(潅水)と肥料やり(施肥)が作物の品質と収量を大きく左右します。しかし、この作業は長年にわたり生産者の「勘と経験」に頼ってきました。
天候を読み、土壌の状態を見て、作物の成長段階に合わせて水と肥料の量を調整する。この判断は毎日、時には1日に何度も必要で、休日であってもハウスの見回りは欠かせません。特に家族経営の中小規模農家にとって、この「頭脳労働」と「肉体労働」の両立は大きな負担となっていました。
さらに深刻なのが、農業の担い手不足です。農林水産省の予測によると、基幹的農業従事者は2023年の116万人から2040年には36万人にまで減少する見込みです。ベテラン農家が長年かけて培った栽培ノウハウをどう次世代に引き継ぐかは、日本の農業が直面する喫緊の課題なのです。
ゼロアグリの仕組み
ゼロアグリは、こうした課題をIoTとAIの力で解決するシステムです。その仕組みを簡単に説明すると、次のような流れになります。
ステップ1:センサーで「見える化」する。 ハウス内に設置された日射センサーと土壌センサーが、日射量・土壌水分量・肥料濃度(EC値)などの環境データをリアルタイムに計測します。
ステップ2:AIが「考える」。 収集されたデータはクラウドに送信され、独自のAIアルゴリズムが作物の蒸散量を予測。その時点で植物が必要としている最適な培養液(水+液肥)の量と濃度を算出します。
ステップ3:自動で「実行する」。 算出された指示に基づき、点滴灌漑の技術を使って少量ずつ、多頻度で水と肥料を自動供給します。タイマーや手動では不可能だった精密な制御が、24時間365日、途切れることなく行われます。
ステップ4:スマホで「確認・調整する」。 生産者はスマートフォンやパソコンから、いつでもどこでもハウスの現在の状況を確認できます。必要に応じて水分量や液肥濃度の微調整を指示することも可能です。液肥タンクの残量不足や異常時にはLINEで通知が届くため、ハウスに常駐する必要がありません。
他社にはない独自の強み
ゼロアグリの技術的な特徴は、予報日射量と土壌水分量の「両方」で制御を行う点にあります。この二重のデータソースによる制御は、米国・イスラエル・日本で特許を取得しており、他社にはない独自の強みです。
また、1930年代にイスラエルで誕生した点滴灌漑技術を応用した「少量多潅水」のアプローチも大きな特徴です。人間に例えるなら、一度に大量の水を飲んで1日持たせようとするのではなく、少しずつこまめに水分補給をするイメージ。これにより土壌水分の変化が小さくなり、作物へのストレスが軽減されることで品質と収量の安定につながります。
ゼロアグリのラインナップ―規模や目的に合わせて選べる3モデル
ゼロアグリは、生産者の経営状況や課題に合わせて選べるシリーズ展開を行っています。
ゼロアグリ(スタンダードモデル)
タイマーや日射比例制御よりも高精度な潅水施肥を求める方に向けたモデルです。AIによる自動潅水施肥機能を搭載し、日射量と土壌水分量に基づいた精密な制御を実現します。
ゼロアグリLite(エントリーモデル)
簡易な機能で潅水施肥制御を行いたい方に向けた、導入しやすいモデルです。スマート農業を初めて試してみたい生産者にとって、最初の一歩としておすすめの選択肢です。
ゼロアグリPlus(ハイエンドモデル)
スタンダードモデルの潅水施肥機能に加え、天窓・側窓の開閉、カーテンや循環扇などの地上部環境制御まで一括で自動化できるAI統合環境制御システムです。日本の施設園芸市場の90%以上を占めるパイプハウス向けに開発されており、地下部(根)と地上部(葉)の両方をトータルに管理できます。
すべてのモデルに共通するのが、IoTを活用した遠隔管理・サポート、データのクラウド管理、そしてソフトウェアの継続アップデートです。本体を買い替えることなく、常に最新の機能を利用できるのもIoT機器ならではのメリットです。また、営農状況の変化に合わせて柔軟にアップグレードできるため、長期的な投資として安心感があります。
導入実績と生産者の声
ゼロアグリは現在、トマト・ミニトマト・キュウリ・イチゴ・アスパラガス・ピーマン・パプリカ・ナス・メロン・ブドウ・マンゴー・ブルーベリーなど、20種類以上の作物で導入実績があります。全国46都道府県に広がるユーザーの声から、具体的な活用事例を紹介します。
事例1:経営面積の拡大を支える省力化(神奈川県・イチゴ農家)
川崎市でイチゴの直売とスイーツ販売を手がけるSLOW FARMでは、経営面積の拡大と複数事業の運営を支えるツールとしてゼロアグリを活用。潅水・施肥管理の自動化により、経営者が栽培以外のビジネスにも時間を割けるようになりました。
事例2:新規就農者の「失敗しない農業」を実現(茨城県・イチゴ農家)
元サラリーマンから転身し、茨城県で就農したつづく農園では、農場全体にゼロアグリを導入。当初は自分の水やりの感覚の方が正しいと思っていたものの、徐々にシステムを信頼するようになり、現在はオート制御で運用しています。経験の浅い新規就農者でも、AIのサポートにより安定した栽培を実現できる好例です。
事例3:「農福連携×新規就農」で地域1番の収量に(青森県)
青森県板柳町では、農福連携と新規就農を組み合わせた取り組みの中でゼロアグリを活用。ベテラン農家の匠の勘と経験に少しでも近づけるツールとして、地域トップクラスの収量を達成しています。
事例4:味を追求するキュウリ農家の挑戦(秋田県)
秋田県鹿角市のキュウリ農家は、反収500万円以上の農家を増やすことを目標に掲げ、ゼロアグリを活用したデータ駆動の栽培改善に取り組んでいます。
2040年を見据えた「スマートビレッジ構想」
ルートレック・ネットワークスは、単なるシステム販売にとどまらない未来のビジョンを描いています。それが「スマートビレッジ構想」です。
2040年に農業従事者が36万人にまで減少するという予測に対し、スマート農業技術・新型ハウス・新しい生産体制をパッケージ化して提供することで、新規就農のハードルを大幅に下げようという取り組みです。
その実証の場となっているのが、長崎県壱岐市に設置された自社圃場「ルートレック・ファーム」です。2024年には遊休ハウスを修繕して第1圃場を開場し、2025年にはNNハウス(足場管を利用した新型ハウス)を活用した第2圃場の運営も開始しました。いずれもアスパラガスの高畝栽培にゼロアグリPlusを組み合わせた実証を行っています。
壱岐市では農家の高齢化と担い手不足が深刻な課題となっていますが、こうしたスマート農業パッケージを展開することで、経験の少ない新規就農者でも生産性の高い農業に取り組める環境づくりを目指しています。
佐々木社長はこの取り組みについて、「過去10年間に400拠点の導入を経て学んできた知見を活かして、新しい農業をルートレック・ファームで実現したい。新しい農業文化のモデルとして、地方創生にも貢献できることを願っています」と語っています。
受賞歴と社会的評価
ルートレック・ネットワークスとゼロアグリは、これまでに多くの公的機関や業界から高い評価を受けてきました。
2018年には第4回日本ベンチャー大賞「農業ベンチャー賞(農林水産大臣賞)」を受賞。同年、経済産業省よりJ-Startup企業に選出され、さらに内閣府官邸の先進的技術プロジェクト**「Innovation Japan」**にも選ばれています。
2025年には、経済産業省が作成した**「日本企業による適応グッドプラクティス事例集」**にゼロアグリが事例として紹介されるなど、気候変動への適応技術としても注目を集めています。
こうした評価は、ゼロアグリが単なる便利なツールではなく、日本の農業が抱える構造的課題――担い手不足、高齢化、環境負荷、食料安全保障――に対する本質的なソリューションとして認められていることの証です。
環境への貢献―持続可能な農業のために
ゼロアグリのもう一つの重要な側面が、環境負荷の低減です。
必要なときに必要な量だけを自動で潅水・施肥する栽培手法は、水と肥料の無駄を最小限に抑えます。従来の慣行栽培と比較して水や化学肥料の使用量が削減され、過剰な肥料による地下水汚染のリスクも軽減されます。
さらに、化学肥料の供給量やCO2排出量の「見える化」機能も実装されており、農業における環境問題に対する意識向上と具体的な改善行動を促します。これは、SDGsの目標2(飢餓をゼロに)、目標6(安全な水とトイレを世界中に)、目標12(つくる責任つかう責任)、目標13(気候変動に具体的な対策を)に直結する取り組みです。
ゼロアグリを導入した農園の野菜ブランド「美やさい」は、こうした持続可能な栽培方法で育てられた農産物のブランド化にも挑戦しています。
まとめ―IoTの会社だからこそ実現できた「農業の未来」
通信技術の会社として出発し、リーマンショックを契機に農業と出会い、明治大学との共同研究を経てゼロアグリを生み出したルートレック・ネットワークス。その歩みは、テクノロジーが「現場の課題」に真摯に向き合うことで生まれるイノベーションの好例です。
ゼロアグリは、ベテラン農家の経験を置き換えるシステムではありません。AIに頼り切るのではなく、生産者自身が試行錯誤しながら成長できる余地を残しつつ、日々の「頭脳労働」の負担を軽減し、品質と収量の安定を支えるパートナーです。
2040年に向けて日本の農業が直面する課題は決して小さくありません。しかし、「農業に休日を!」というコンセプトのもとに生まれたゼロアグリは、スマート農業を特別なものではなく、全国の中小規模農家にとって身近で実用的なツールへと進化させ続けています。
持続可能で、稼げる「デジタルファーミング」。子どもたちの幸せな未来を拓くための挑戦は、壱岐の小さな圃場から、日本全国、そしてアジアへと広がり始めています。






